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enmotakenawa.com - blog!!!

円茂竹縄ブログ

就活ぶっこわせデモのこととか

http://hosyukakumei.blog.fc2.com/
正直よくわからない。就活が馬鹿げたレースだと言うなら参加しなければいいんでは、と思ってしまうのは「就活」をしたことが無いからだろうか。
これが、「就職口がない!」とか「働きたいようなまともな企業がない!」とかいう主張だったらわかるんですよ(実際そうなのかはともかくとして)。でも、就活レースに参加するか否かは、個人の問題なんじゃなかろうか。
どうも主張のポイントがずれているようで、デモ活動自体は立派なことだと思うけど、なんだか応援する気になれない。

「就活」という言葉が変な方向で過熱しているのは私も感じていて、去年か一昨年かそのくらいに、「就活商売」とでも言おうか、就職活動に絡んでお金をとるような向きも増えた気はする。就活商売については、これは私も気に入らない。
まあこの不況と言われるなかで学生さんの不安を煽って、中身のないセミナーで小銭をかき集めるようなのもあると思う。本当に身になるんならいいけれど。

そもそも

職につくにおいて「職能とその実務経験」以外が争点になるのがわからないんですよね。経験上、座学と実務は大きく違うものだと思います。もちろん、座学が重要な分野もありますから、一概には言えませんけれども。

私が採用側だったら、「実務経験のない学生さん」って、負担だと思う。
育成って、すごくお金も時間もかかるものです。うまくいけば自社のやり方にすごく合った人材ができるっていうメリットはあるけど、たぶん予想以上にコストはかかってる。人を雇うって大変なことなんですよ。
そう考えると、顔採用や学歴偏重とかも、「少しでもいい人材が欲しい」という企業側の普通の願いと見られなくもない。
そんなことで落とされるなんてたまらない、自分は誰よりよく働くのに! って思うけど、理不尽な選別はわりとどこに行ってもある。這い上がりたければそれ以上のアピールポイントを用意しなきゃいけないのは、いつだって被採用側です。

だから、新卒重視も私は今どき嘘なんじゃないかと思う。スッと入ってきて即戦力になれば、それに越したことないもの。だから企業側が新卒重視というよりは、送り出す大学側に(その後の学生募集のための)ウリが欲しい、だから学生さんのケツ叩いてる、ってことなんじゃないのかね??

選考に時間がかかりすぎるというのも、

正直この時点で五十歩百歩の人材達をどう判断するか、時間をかけられている(先方に迷われている)だけ、自分が抜きん出られていない、もしくは前向きに「選考に残っているのだ」、ともとらえられる。
働くのも相性だし、よく考えもせず結果出されるよりお互いにいいと思うけど。

選考の遅さについてはこれ、せっつくわけにいかないんですかね?? 実際そうやってる間に他の会社からも内定が出たりするだろうし、「いや〜こんなに素晴らしい自分なんで他からもヒキがあるんですけれど、御社はどうされます?」ぐらいの勢いで、どうなってるか聞いてみてもいいんじゃないかと思うんだけれど。
案外社会って、明確な基準ってなくて、交渉で動いたりしてるものだし。
そして交渉上手って、どこに行ってもわりと良い感じでやっていける気がする。

「やりたくないのに、キラキラしたアピールをしなきゃいけないのが嫌だ」

というのは、まだ「働く」ってことが自分にとってどういうことなのか、わかってないんだと思う。状況が許すなら、働かなくてもいいと思いますよ。キラキラアピールも別に、あなたのそれを、誰が求めてるわけでもないんです。

「周りがやってるから」「周りがやれっていうから」「やりたくもないのに」、就活をしているんであれば、その主体性のなさを見抜かれてもおかしくないです。「どうしても働きたい/働かなくちゃいけない」という真剣さだったり、先に書いたような、顔や学歴等のアピールがある人には負けますよ、それは。

同調圧力のようなものがあるとしたら、その状況には同情しますけれど、でも従うかどうかは結局個人の問題ですからねえ。「こんな就職活動は間違っている」と思うなら、そうでない方法を自分で切りひらいてみるのもチャレンジなんじゃないかとか。

とにかく、

「就活ぶっこわせデモ」はこのままだと社会に主旨が伝わらないと思う(なぜなら就職のための活動をするかどうかは個人の自由だから)のと、もし、それで思いつめて疲弊している学生さんがいるならば、そんな狭い世界にとらわれていることは無いですよ、と言いたい。

ふるいにかけられるのはしょうがないです、ふるいはもう、どこに行ってもかけられるから。
自分はふるいに残る素晴らしい人間なはずだ、と思っているなら、その証明は自分でやっていかなくちゃいけない。あきらかにふるいに残る人なら、絶対誰かが目をかけてくれるものだし、

そうでなければ五十歩百歩と見られてると思って間違いない。このブログにたまたまたどり着いたあなただって、「おまえ誰だよ?」って思ってるはずでw だいたいそう見られるのが「普通」で、思い通りに見られなかったとしたら、それまでの自分が残念ながらそこまでだったということです。そしたらまた実績を作っていけばいいと思うし。

(かといって、私はこれはどうかと思うんだよなあ。一生懸命さは買うけど、希望職種がこの延長じゃない限り、こんなはずじゃなかったということになりかねない。なんでも「やりゃあいい」ってもんでもないですから)

働くというのは、ほんとうは、社会をつくる重要な行為のひとつなはずです。
自分の働きによって、社会を変えられる可能性もある。
願わくばその思いが通じるような社会であること、それだけですね。