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円茂竹縄ブログ

Studygiftのこと

なんかもうこの話題飽きたひとも多そうだし、過疎ブログでひっそりと書く。これの何が問題って、「奨学金というにはあまりにもショービジネス」になってるところなんじゃないかと思う。
あれ、ファーストケースのかたはともかく、今後はなんとかして個人名を出さない方向のほうがいいんじゃないかって気がするんですよね。「学費のかわりの見返り」もゼロで。
以下、ちょっと書きながら考えてます。

ファーストケースの何が問題か。私は、「学費とひきかえに見返りを提供する」ってあたりだと思うんです。”週一回のニュースレター”とかね。
私、形を変えて似たようなことを何回か考えたことがあるんですが、そのたびに、難しいな、という結論になるんです。そういう、金銭とひきかえに見返りを提供するのは、少なくとも「教育」では難しいと思う。なぜ難しいと思うかは、その時々で変わるんですが(しかも毎回忘れるんですが orz)、とにかくそういう結論になる、私の机上の空論では。

わかりませんよ、Studygiftは、このままで問題なく大成功するかもしれない。

ただ、”週一回のニュースレター、その他”については、本当に学生生活を満喫させてあげたいと思うと、負担になるのではないかと。そして、その負担はいずれ小さくないと思いますよ。
「教育」っていうのは、もしかしたら「その子が育つのが一番の見返り」くらいの構えでいないとダメなのかもしれなくて。

あの、本人が不本意であろうかたちで個人名をこれ以上ネットに残すのもどうかと思うので(いちおうね、いちおう)、以降「彼女」と書きますけれども、彼女のメルマガ料金だと考えると、5000円って全然高くないと思うんです。私も、そういう意味ではお金を出してみたい、普通の女の子が日々、どんな生活をしてるのか、覗いてみたい。だから、少なくとも彼女については、普通に「メルマガ創刊!」でよかったんじゃないかとも、思う。純粋な、商売として。そういう、「事業計画」だったらどんなに良かったか。
ここまで話題になるかはわからないけれど、勿論、儲けたお金は学費に充てていいし。自由に使える。

それに”学費支援”という看板を大きくつけてしまうと、どんなことになるか。
今回出資した人にこんなことは無いと信じたいけれど、「苦労」以外のことを書くと反感をかうのではないか。「おまえが学費で苦労してるっていうから、金を出したのに」、うまそうなもの食いやがってとか、友達と遊びやがってとか。四六時中スキのない人間なんていないですから、”学費”って付けちゃうと、一挙手一投足に難癖をつけられる可能性ある。
私は個人的に、彼女がいきいきと書いてくれれば、そのほうが読みたい。”ニュースレター”が無味乾燥になっていくんだったら、いやだなあ、と。

ニュースレター云々については、「それを通じて大学生活を売る」っていうのと等しいと思うんです。そしてそれはショービジネスの一面があって。
ショービジネスって、きっついですよ。いま猫も杓子もネットにアカウントを晒して、facebookなんかも実名で、時代は変わってきたのかもしれないけど、「大衆を相手に寝る」ような、本来は相応の覚悟がいる世界なんです。皆かんたんに手を出しすぎだと思ってる。
その上、先に書いたような、余計な反感をかう可能性まである。学費が集まっても、学生生活のすべてを「見返り提供」に捧げなきゃいけない。

彼女はそういう場に、ひっぱり出されてしまったんじゃなかろうか。
書きぶりを見てると、おそらく最初は固辞したんじゃないかと思う。この枠組みを自分で発想するほど、厚顔無恥な人には思えない。「このまま中退するしかないと思った」というようなことも書いてる。……ちょっと気の毒に思う。


だから、くりかえすけど、今回出資した人は、どうか、せめて今回の種銭が尽きるまで、口を出さずに、ただただ見守っていてほしいと思う。
一番、痛いほど恩を感じてるのは、彼女自身ですよ、そうに決まっている。


…で、こうなることを防ぐために、各種奨学金というのは、「匿名」になっているのではないかと思うんですね。
団体を通じて、集まったお金はミックスされて、出資者と受給者は互いの顔がわからない。
臓器提供なんかもそうですよね。

なんかねぇ、教育も、臓器も、「人生」なんですよ、きっと。
「”俺”が、”こいつ”に、人生を与えてやったんだ!」と、一人でも、かけらでも、思わせてしまうと、往々にしてよくない結果を招くことになる気がします。

ただねー。それで、今まであったような同じやり方だと、注目されるかどうか、お金が集まるかどうか、って話に、なるんですよね…。

追記

端折ったけど、念のため終いまで自分の考えを書いとこうと思う。

彼女が奨学金を打ち切られてしまうまでの経緯については、私はかばうつもりは毛頭なくて、「就職のため」にソーシャルメディア上の活動を始めたということだけれども、ちょっと目標と行動を繋げるには遠すぎる。
彼女がやったのは一種の賭けに思う。そしたら彼女は賭けに負けたんです。博打の新しい種銭が欲しいという話なら、私は賛同できない。

ただ、大事なのは、彼女自身は当初、そのことを自覚してたように思う。「自分はこのゲームから降りるべきだった」というようなことを。彼女はあくまでひっぱり出されてしまった側だと思うんです。

そして、今回、「こんな話」にのってしまったことについても、私は責められない。
あのね、一見いい話に思えるんです。意義ある話に思えるの、教育を何かとひきかえにするって。人とのダベりでそういう話出たら、ほとんどの人は「ふ〜ん、いいかもしれないですね」って言うと思う。でも、持ち帰って脳内で少し手を進めてみると「ああ、やっぱり詰むな」っていう、そういう類の話なんですよ。後からリスクがどんどん出てきて。
だから、私は今回のことは、あくまでひっぱり出した大人のひとたちの考えが浅かったと思ってる。

非常に残念なことですけれど、結果的にね、人を舞台に立たせて、「さぁ、こいつに金を出してみないか?」なんて言うのは「人を売る」やり方なんですよ。たとえ利益を手にしてないとしても、手法そのものだけみると。
本人の同意が深くとれてればまだしも、守る体制がキッチリしてればまだしも、今回はそうだったようには思えない。
本来だったら、お金に困っているというなら、じゃあ声かけた人が雇ってあげればいいじゃないですか。もしくはクチきいてあげるとか。または、だからメルマガとかね、彼女ができる商売の提案をするとか。
それが大人なんじゃないのかと。

ここまで個人情報を晒してスペックを晒して、そのあげくに受ける金銭支援って、私は先に書いたようにショービジネスだと思います。
そしてその跳ねっ返りは小さくないです。特に女の子ならね。
私は、ただただ、そのことが心配ですし、第二第三と同じことをするんだろうかって思うし。どうなのかと。

前向きな書き方で締めるなら、「人を助けるとは」どういうことか? みたいなことを考えなおす、いい機会だったように思います。

追々記

なんだかすごいアクセスがあるようで、すみません、どうもお騒がせしました orz
これ、こんな文句言うだけ言ってね、じゃあどうすりゃいいんだって、やっぱりおいそれと代案は書けないんですよね。内輪ではやいやい取ってつけたようなアイデアを書いてますけど、人の絡むことなので、無責任には書きづらいです。

今回よかったと思うのは、そうやって「学費に困ってる学生さんがいるよ」って問題が周知されたことなんじゃないでしょうか。
私も改めて調べまして、

とりあえずここらへんがメジャーなんじゃないでしょうか。他にもあるかも知れません。
納得できるところに支援するのがいいんじゃないかと思います。
アクセスあるからついでに書くけど、知人が「遠位型ミオパチー」という希少疾病について周知の運動を続けてまして、そちらも是非よろしくお願い致します。オンライン署名など受け付けています。
PADMホームページ
まったく有り体ですが、いいかたちで支えあえる世の中になるといいですね。

■追々々記(05/23)・・・よかったところも書いたよ。