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enmotakenawa.com - blog!!!

円茂竹縄ブログ

児童ポルノ禁止法、改正案のこと

メモ的に。とか言ってものすごく長くなった。どうなるんだろうと思って毎日一回はニュースのRSS開いてますけども。
まず子供のひとが相談できそうな先を張っておく、検索したら出てきたところだけど、他にいいところありますかね。

チャイルドラインは18歳までの子どもがかけられる電話です。 子どものための電話の活動は、ヨーロッパ、アメリカ大陸、アジア、オセアニア、アフリカ等、 130カ国以上で展開しています。
チャイルドライン

子供のひとは困ったこと・悩んだことがあったらあまり一人で抱え込まないでね。周りの大人も、相談されたらちゃんと親身になって聞いてあげるように、そして適切な判断をするように。というのを自分でも心がけておきたいものです。

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ということで本題。ほんとは、調べれば調べるほど、児童ポルノ法そのもの、ひいては”わいせつ物頒布罪”とかにも議論の余地はあるように思うけど、とりあえず児童ポルノ法の改正案に絞る。問題点は以下の2つかと思います。

  • 創作物への規制 :表現の自由を侵害する
  • 単純所持の禁止 :冤罪を生む

この二つはもう、かなり長いこと提出され続けてるんですね。知らなかった。でも何度提出されようが通すべきじゃないと思います。

実写と創作物はわけて考えるべき

児童ポルノを考えるときに、「実写」か、そうでない表現(まったくの創作物)かはキッチリわけないといけない。なぜなら、実写は制作過程で実際に子供の性的搾取をともなう可能性があるから。

そもそも、成人とは別口で法律が作られるのは、子供は大人に言いくるめられる・強制されることがあるからに他ならない。成人なら本人同士の合意があれば性行為もそれを撮影するのも勝手にやればいいけど、子供の場合、本人が本当に同意してない場合がある。というかほぼ全部そうでしょう。

このへんは私は基本的に賛成で、これがないと、やっぱりガチの児童ポルノって、いかにも「本人のため」というような口ぶりで言いくるめられるらしい。よくわからないまま撮影に入って、どんなに心や体が傷ついても「同意しただろう」で済ますのは子供相手には無理があるし、子供が傷ついてからでは遅い。

なので、一定年齢以下は本人の意志以前に、大人同士の取り決めとして子供を性的搾取するのは罪だとしてる(ただ、決定を信頼できるような「一定年齢」をどこに置くかは議論の余地があるように思う)。

児童ポルノ法にもの申す。政治家が見落としている部分。アニメ、漫画、女の子 男の子|杏野はるなオフィシャルブログ「杏野はるな、ここにいます。」Powered by Ameba

このブログ記事なんかは、私の読解力不足だったら申し訳ないんだけど、そのへんの、「実写か架空表現か」を一緒くたに語ってる時点でちょっとおかしい。
これをごっちゃにしたまま「表現の自由」や子供の「知る権利」みたいなところにまで話を広げると、ガチの児童ポルノにも存在意義があるってことになりはしないだろうか? 私は児童ポルノそのものには強く反対です。また、

例えば、中1のA子ちゃんがいたとします。この子はこの法律によって、同じくらいの女の子のちょっとエッチな情報が遮断されて、知らずに生活してきました。
すると、ある日、変なおじさんが変なことをしてきても、
「?おじさん何してるの?」
とある意味ピュアに思ってしまうのです。
自分がエッチなとこをされているなんて思っていないし、それを学ぶ漫画もメディアも友達もいなかったから。

のくだりは、そんなことはないです。「その知識がなければ何をされているかわからない」なんてことはないです。性のことなんて思いもつかないような年齢でも、いたずらされたらめちゃくちゃ嫌悪感ありますし、10年単位でトラウマ残りますよ。
これ読んで、「ああ、知らなければ、わからないんだ」とは思わないように。

他にもツッコミどころあると思うんだけど、ただ、先に書いたように「一定年齢をどこに置くか」は議論の余地あると思っていて、さらには、もちろん子供(とされている年齢の人)にも表現の自由はあるわけです。
性っぽい表現に協力する/させられる立場のティーンアイドルは実際どう思ってるのかとか、この人が独自に現場感覚を書けるとしたらそこらへんだと思う。実写の話に特化してほしい。

また、子供の「知る権利」そのものについては同意できなくもないですが、ただアダルト表現って別に「自身の性的価値を知る」ためにあるわけではないのでね…これを逆に「知るべき」として強制的に見せたりなんかしたら、それはそれで虐待ですよ。
そんなこと書きたかったんじゃないんだろうけども。

創作物はなぜ規制されてはいけないか

話がそれた。実写とは別に、創作物はなぜ規制されてはいけないか、これはひとえに「表現の自由、思想の自由」、これに尽きると思います。
とても尊い権利です。

それでわからない場合は、例えば、海外のアンダーグラウンド児童ポルノや児童売買春ってもう本当に、心底胸が悪くなる現状があるらしいんですが、私がその酷さを漫画で訴えたいと思ったときに、その表現手段まで奪われてしまうってあたりです。
「本当の酷さを訴えたい」と思ったら直裁的な描写は欠かせないです、「酷い」って思ってもらうために酷く描くので、普通。
そして漫画やアニメは、誰も傷つけずにそれができるんです。子役とかも使わずに済む。

その表現の必要性やポルノ性・残虐性とかって、一概に文章で規定できるものでもないです。どうしても曖昧になる。摘発されて裁かれてみないとわからないということになる。誰も進んで容疑者になりたいわけがなく、1ミリでも可能性があるものはすべてダメとして、過剰規制に走るのが普通です。
被害者をまったく生まない創作手段まで萎縮するのは、本当に意味のないことです。それこそ「知る権利」にも関わってくるように思う。

「そうは言っても、そんな理念のない『酷い』表現が氾濫してるじゃないか」という話に対しては、「だから法律で規制していいというものでもない」と答えます。市民が「酷い」と批判したり抗議活動したりするのと、そもそも法律で無きものにするのとはまるで話が違うことです。

酷い表現を「酷い」というのも表現の自由ですし、酷い表現で信頼を失って売上が落ちるのも自己責任です。それが自由ということだと思います。アダルト表現もいいけど、恒常的に見るのはキツいからゾーニングしてくれとかいうのも、市民の間で話し合われていくべきです。法が介入することではないです。

また、創作物の影響力などという話がありますが、包丁があるからといって誰もが振り回すわけではないです。犯罪に手を染めてしまったその人が悪いとするべきだと考えますし、また、犯罪を「してしまいそうだ」という自覚がある人に対してのケアも、充実されていくべきなんではないでしょうかね。
「何が犯罪か」を決めるのも人間ですが、まともな人なら誰も人間社会から弾かれたくないです。

性表現の氾濫について

特に携帯コミックとそのバナーですね。最近酷いと思ったのは。私も別にあれが素晴らしいと思ってるわけではないです。
先程「酷い表現で信頼を失って売上が落ちるのも自己責任」と書きましたが、そのへん、(アダルトはやってませんが一応)描き手として、お客さんを信頼するしかないんじゃないかと思ってます。

もちろん、アダルトでも骨のある、というか見応えのあるものはたくさんあるわけで、どういう質のものが最終的に生き残るかは、お客さんに一任するかないんじゃないかなぁ、とか。自分では良いと思うものを描いて提案することしかできないです。

しかしほんと、最近はアダルトもうかつに手を出せないですよ、私描いたことがないので、セーフラインが何処かわからないです。本当はセックス表現てのも、人体も人情も絡みあう、やりごたえのある一番深いジャンルの一つなんですけどね。

あと、人の話によると、そもそも子供の裸体表現が増えたのって、一時期の「わいせつとは何か? 毛のことである」という論に端があるらしく、「成人の毛避け」として子供を被写体にしたものが増えたんだそうですね。
だもんで、そろそろ成人のアダルトについては全解禁でいいんじゃないかとも思ってます。